フォト_ギャラリー

2018年01月27日 [ 第347回 ]

 シジュウカラガン

 今回は最初に結末が分からない様に異例の変則ドキュメンタリー・レイアウトにしてみた。

 情報を仕入れてそこに居るのがあらかじめ分かっている野鳥を見に行っても感動が薄い事は重々承 知の上で、割り切ってとにかく画像を得る事だけを目的にシジュウカラガンを見に出掛けた。 いつも地 元ばかりではどうしても鳥相が偏るので気分転換を兼ねてたまには遠出をしたいという気持ちも手伝っ た。 シジュウカラガンは行く所へ行けば幾らでも見られるはずだがレッドリストではコウノトリなどと同じ 絶滅危惧TA類だからランダムに探鳥して遭遇出来る可能性は非常に低いだろうし日本列島は一般 に言われているほど狭くないからわざわざ定期的な渡来地まで出掛けるのは大変だ。 この機を逃せ ば次はいつチャンスが巡って来るか分からない。 だいぶ前から琵琶湖に渡来している事を知っていな がらずっと見送っていたが近場に居るのなら見ておくべきだという考えが勝り見に行く事にした。
 実は当初は楽勝気分で家を出た。 しかしする事なす事全てがことごとく裏目裏目に出て踏んだり蹴 ったりな一日だった。 そもそも朝起きるなり思いつきで衝動的に家を出たのが間違いの始まりだっ た。 高速に乗ってしまったところで湖北野鳥センターが定休日だという事に気付き、ここで情報を得ら れるだろうと当てにしていたものだから一気にテンションが下がった。 今更引き返す訳にも行かずあ れこれ考えを巡らせ湖西道路を走って途中の新旭水鳥観察センターに寄れば何か得られるかも知れ ないと思い直した。 しかし行ってみるとこちらも定休日。 仕方なく現地で聞き込みをする事にしてとも かく先へ進んだ。 運が良ければまだ塒(ねぐら)の湖北野鳥センター前に居るかも知れない。 そして 10時頃になってようやくその湖北野鳥センターに到着しカメラを持った人に恐る恐る尋ねてみたら何と 30分前に田圃の方へ飛んで行ったとの事。 早朝塒に居るところを狙わなければ厳しい事は分かって いたが今季スタッドレスに履き替えていない僕は路面凍結が怖くて遅い時間に出発したのがいけなか った。 自宅を出る時はさほどこだわりは無かったが30分の時間差で逃した悔しさから負けず嫌いの スイッチが入り退くに退けなくなって泥沼の様に付近の田園地帯を当てもなく彷徨い歩き始めた。 砂 漠の真ん中で水を求めるかの様に歩き回り出会ったカメラマンに尋ねてみても皆目見当がつかない (余談だがカメラを構えて撮影態勢に入っている人に声をかけるのは禁物で、声をかけるなら相手が 小休止しているタイミングなどを見計らう配慮は最低限必要)。 広大過ぎる田園地帯なので歩いてい ては埒が明かないと思い、車を流しながら目印となるカメラマンのグループを探したり過去にコハクチョ ウを撮影したポイントに行ってみたりしたが駄目な日は何をやっても駄目で見渡す限りどこにもそれら しい姿は見当たらず、また歩き回ってたまたま最初に尋ねた人と再会しどこそこに居るらしいという耳 寄りな情報をもらって胸を躍らせながら通りすがりの人に道を聞きつつようやく現場を探しあててみると 既に抜けた後なのか現場を間違っているのか人っ子一人居ないもぬけの殻だったりと、見えかけた希 望の灯が無情にも吹き消された様な状況に僕の鳥運も尽きたかと暗澹たる気持ちにさいなまれ悲壮 感が漂って来る。 この付近には山本山城跡や古戦場も有って戦国時代の落ち武者はさぞかしこんな 心境だったろうなぁなどと思いを巡らす。 それでも日暮れまでには必ず塒に戻ると出会った人に聞い ていたので最後はそこに懸けていた。 情報を後追いしていては後手を踏む。 少し早めに湖北野鳥 センター前に陣取りひたすら待つ。 やがて1羽のコハクチョウが戻って来た。 だいぶ経ってからまた 数羽、その後また数羽と順次コハクチョウたちが戻って来る。 しかし行動を共にしているはずのシジュ ウカラガンの姿は無い。 陽が大きく傾き辺りがだんだん暗くなって来て「もう駄目か」という悲観的な感 情が湧いて来るが「いやまだまだ!」と自分自身を叱咤する。 ISO感度を上げてなおも待つ。 こうい う時の夕陽は落ちるのが速い。 焦る気持ちが次第に強くなり諦めに変わって行く。 沈む夕陽は誰に も止められず日没迄に間に合ってくれという願いも虚しくとうとう夕陽が湖の向こうに落ちてどんなにIS O感度を上げても撮影不可能な暗さになってしまい、しかも翌日の予報は朝から雨との事で宿泊もせ ず意気消沈してトンボ返りする事にしたのだった。 シジュウカラガンを探す事を優先したので山本山 のオオワシすらマトモに撮っていない。 情報を元に野鳥を探し回るという初心者感丸出しのつまらな い探鳥(探鳥と言うよりただの追っかけ)を久々にやらかしてしまい、しかもその結果は惨憺たるものだ った。 この日の教訓は「無計画な行き当たりばったりは失敗の元であり経費も高くつく」という事だった (ガソリン代もいつもより高かったし高速料金も無駄になった)。 教訓を得た事により全てが無駄だっ たという事にはならないで済む。 それが唯一の救いだ。

 2日後、今度は早朝に塒を狙おうと深夜1時に自宅を出て必勝態勢で臨んだ。 比較的暖かい日だ ったが最も気温の下がる早朝の路面凍結を避ける為に凍結する前に峠を越えてしまおうと考え夜中の 内に走る事にしたのだ。 経費削減のため高速を使わずひたすら深夜の一般道路を走り余裕を持って 夜明け前に湖北野鳥センターに到着した。 これ以上無駄使い出来ない僕はもしこの日も駄目だった らもう縁が無かったと思って諦めようと決めていた。 黎明の内に湖周道路に出て歩道から湖面に目を 凝らす。 しかしぼんやりとコハクチョウの姿は見えるものの小さくて黒っぽいシジュウカラガンらしい姿 は全く見えない。 少し明るくなって来てもその姿は確認出来ない。 湖周道路を数百メートル歩いて周 辺の湖面を探すが結果は同じ。 それらしい姿は全てオオヒシクイやマガンですっかり明るくなってもこ こに居るはずのシジュウカラガンは見つからなかった。 塒を狙えば確実だと確信していただけに尚更 落胆は大きかった。 そうこうする内に湖北野鳥センターが開館したので一縷の望みを託して助けを求 めに行ったら何とこの朝に限って行方不明になっていると言う。 もう悪夢を見ている様な気がして来 た。 聞けばいつもはコハクチョウの群れと一緒に行動するがたまにオオヒシクイの群れに入る事が有 ってオオヒシクイは警戒心が強く人間を寄せ付けないのでそうなると見つけるのが非常に難しいのだそ うだ。 実際かつて僕もこのくらい離れていれば大丈夫だろうと思ったら100mくらいの距離でオオヒシ クイを飛ばしてしまった事が有る。 その時はたまたま飛んだのかなと思ったがレンジャーによればそう いうレベルの警戒心だそうだ。 もう闇雲に探し回っても見つける事は絶望的なので何か情報が入るの を待つ事にして窓の外を虚ろな目で眺めていた。 レンジャーの人が目ざとくアリスイが居るのを見つ けたので湖周道路に出て土手を見下ろしたりして戻ったところへ鮮度の高い一報が飛び込んで来た。  車で数分の所で再発見したという。 歩いて行けば1時間半くらい掛かるとの事だったので付近で駐 車出来る所を聞き、はやる気持ちを抑えつつ安全運転で現場へ向かう。 運良く2日前に走った道だっ たので迷う事無く現地に到着し数人のカメラマンの姿もすぐに見えたが思ったより手前だったので一度 通り過ぎてしまった。 地図を見てやっぱりさっきの所だったと気付いて来た道を戻り車を停めてまだ飛 ばないでくれと祈る様な気持ちで足早に向かう。 近付くにつれて田圃の真中にコハクチョウの大きな 群れが見えて来る。 シジュウカラガンは不思議にも体格の近いオオヒシクイより体格差の有るコハク チョウの方がお気に入りと見えてその群れに戻った様だ。 自ら被写体を飛ばさない様に最後の数十 メートルは慎重にゆっくり歩いた。 なるほどコハクチョウたちは農道に面した田圃1枚の中で餌をつい ばんでいるからその気になればかなり接近出来る。 だがお目当てのご本尊はコハクチョウよりだいぶ 小さいので数百羽のコハクチョウの群れの中に埋没しているらしく全く見えない。 ここまで来ればもう 証拠写真でも豆粒でも何でもいいと思っていたから離れた所にカメラを据えてじっと待つ。 しばらく辛 抱してファインダーに目を凝らしているとチラッと頭だけ見えたりしだした。 こんなものを見つけた人は 凄いなぁと驚くばかりだ。 カメラマンたちが様子を見ながら農道伝いに徐々に接近し出したので僕も後 に続いて慎重に近い位置までにじり寄った。 気が付けばコハクチョウたちも手前の者は農道から僅 か5mの距離の所に居るくらい近い。 しばらくしてコハクチョウの群れの中に黒っぽい鳥が見えて来 た。 望遠レンズを向けると逆光だったが紛れも無く探し求めていたシジュウカラガンの姿が確かに有 った。 採餌に夢中になっているので頭は密生する蘖(ひこばえ)の中にほとんど隠れていてなかなか 画にならない。 コハクチョウが入れ替わり立ち替わり手前に被って来てなかなか思う様に行かない。  その姿が垣間見えた僅かなチャンスを逃さずシャッターを切った。 順光側には道が無くてこのアング ルしか撮れなかったが最後は一段高い畦道に立ってくれた。

 

 

 シジュウカラガン Cackling Goose Branta hutchinsii

 分類:カモ目 カモ科

 全長:67.0cm

 翼開長:139.0cm

 分布:局地的に稀な冬鳥。

 生息環境:内湾、湖沼、河川など。

 食性:穀類、水草、海草など。

 レッドリスト:絶滅危惧TA類(CR)

 フォトギャラリー:初登場

 撮影難易度:★★★★☆


 撮影日:2018年1月18日

 撮影時間:10時13分54秒

 シャッタースピード:1/100秒

 絞り値:F16

 撮影モード:マニュアル

 焦点距離:1000mm(換算1500mm)

 ISO感度:400

 撮影地:滋賀県

 使用カメラ:NIKON D5100

 使用レンズ:Nikon Reflex−NIKKOR・C 1:8 f=500mm
        :Nikon Teleconverter TC−201 2× 


 撮影日:2018年1月18日

 撮影時間:10時32分01秒

 シャッタースピード:1/200秒

 絞り値:F16

 撮影モード:マニュアル

 焦点距離:1000mm(換算1500mm)

 ISO感度:400

 撮影地:滋賀県

 使用カメラ:NIKON D5100

 使用レンズ:Nikon Reflex−NIKKOR・C 1:8 f=500mm
        :Nikon Teleconverter TC−201 2× 


 飛び物を狙うとしたらもっと長時間粘ったところだが一時はどうなる事かと思った程だったので僕は充 分満足し後回しにしていたオオワシを見に行く事にして現場を後にしたのだった。 撮影中は無我夢中 で時間の感覚が無く15分程度にしか感じなかったが後で撮影データを見て驚いた。 最初のコマから 最後のコマまで50分以上も経っていた。
 なお、シジュウカラガンを取り巻く問題は絶滅の危機だけではない。 一部地域で人為的に持ち込ま れたカナダガンが半野生化しており要注意外来生物としてこれらとの交雑を危惧する声も有る。 図鑑 によればカナダガンはより大型で嘴や頚が長く胸が白くて頚の付け根に輪が無い。 かつては同種の 別亜種だったが現在は別種に分類されている。 また別亜種のヒメシジュウカラガンはより小型で嘴や 頚が短くこちらも頚の付け根の白い首輪が無い。 この個体は若鳥なのかその首輪が薄い様に見え る。
 シジュウカラガンは昭和初期までは多数が渡来していたらしいがその後激減した。 近年少しづつ個 体数が回復し東北方面の定期的な渡来地では数百羽の群れが見られるという(それでも僅か数百 羽!)。 但し警戒心が強くかなりカメラから遠くてこんなに近距離からは撮影出来ないそうだ。 この個 体は警戒心の強くないコハクチョウの群れに入っているのでつられていると思われる。 少々人間が怖 くても単独で居るよりはコハクチョウの群れの中に居る方が安心なのだろう。 さすがの猛禽たちもコ ハクチョウまでは狙わないはずなので実際に群れが襲われるリスクも少ないと思われる(ハイタカがカ ワウを襲うのを見た事が有るなどという話も聞くのでもちろん可能性がゼロという訳ではないが)。 ど んな運命の悪戯が重なったのか、考えてみればこのシジュウカラガンは仲間とはぐれコハクチョウの群 れに入る事にしたからこそここまで渡って来たのだろう。 北帰したら無事に仲間と合流して欲しいと思 う気持ちと、もしそうなるともうここには渡って来ないだろうなぁという気持ちの間で感情が複雑に揺れ 動く。
 結果が良かったから言える事だろうけど終ってみればたまにはこういうのもいいなと思える。 心地よ い疲労感とでも言うか、しんどかったぶん喜びも大きい。 もしすんなり1日目の朝に見る事が出来てい たらその程度の野鳥だと勘違いしてしまい全く違った印象を持っていただろうしコラムももっと短く素っ 気ないものになっていたことだろう。 普通なら一度見たから次はもういいとなるが、またいつか再会し たいという気持ちの方が強い。 本来はそう簡単に会えない稀少種である事を僕に認識させる為に、 或いはより大きな感動を僕にくれる為に、もしやシジュウカラガンは敢えて勿体をつけていたのかも知 れないとさえ思えて来る。 また、今回はいろんな人のお世話になってしまった。 快く情報をくれた人、 親切に道を教えてくれた地元の人、最初にシジュウカラガンを見つけた人、そして何よりここに来てくれ たシジュウカラガンに言い知れぬ感謝の気持ちがこみ上げて来た。


 コウノトリ:フォトギャラリー第86回他参照
 コハクチョウ:フォトギャラリー第260回他参照
 オオヒシクイ:フォトギャラリー第261回他参照
 マガン:フォトギャラリー第261回他参照
 アリスイ:フォトギャラリー第196回参照
 オオワシ:フォトギャラリー第131回他参照
 ハイタカ:フォトギャラリー第341回他参照
 カワウ:フォトギャラリー第40回参照



トップへ
戻る
前へ
次へ